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Great Urban Places in Asia 135 - 神楽坂 Kagurazaka 3 [アジアの都市探訪]

伝統的路地界隈
 神楽坂通りの中央部から1回、2回とみちを曲がると、幅は狭くピンコロ石畳仕上げの路地に入る。江戸時代中後期から武家敷地内の家屋が町人に賃貸されたりするようになり、それらを結ぶ通路などが路地となっていった。時代の変遷にともなって路地の位置や形状は変化しているが、江戸時代から今まで脈々と続く神楽坂の文化的、空間的基盤となっている。
 神楽坂の花柳界はこの路地界隈を中心に明治以降に発展したものである。表通りを曲がり路地の奥に入るにしたがって、パブリックから次第にプライベートに遷移するという社会的空間的構造を持っていた。神楽坂の路地は裏路地ではなく、料亭がお客様をお迎えする「おもて」である。路地は今日に至るまで全て私道であり、花柳界や住民、新しい店舗の人たちによって水が打たれ、掃除され、手を入れられている。 
 現在では料亭や芸者さんの数はずいぶん少なくなってしまったが、それでも花柳界の文化や作法は神楽坂に根付いて受け継がれ、尊重されている。車の入らない路地は東京都心において貴重で静寂な空間で、時間がゆったりと流れている。神楽坂は戦災を受けたため建物はすべて戦後のものだが、この路地が空間と時間、人間をつなぎ、歩く人をして「江戸情緒を感じるまち」と言わしめる。神楽坂のイメージとしては「和」が大きいが、路地の奥にもフレンチやイタリアンなど多様なレストランやバーなどがあり、それらが伝統的な和と調和しているところが、神楽坂の魅力である。

wakana.jpg 
神楽坂らしい路地のひとつ、兵庫横丁。ピンコロ石敷の路地が折れて奥に続く。
黒板塀の奥に木造建築が連なり、緑が塀越しに見える。
正面左は旅館和可菜で、作家が逗留して仕事をすることで知られた旅館である。

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