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Great Urban Places in Asia 149 - 結び 9 【最終回】 [アジアの都市探訪]

地域の個性を維持し高めるための市民活動
 神楽坂では住民や商店会、NPO関係者などの長年の努力により、まちづくり活動が活性化し、多くの成果を挙げてきた。年間を通し伝統的なもの、モダンなもの、若者向け、高齢者向け、そして男女問わず楽しめる多様な文化・エンターテインメント活動が展開されている。それらは神楽坂の文化的資産を活かしたものであり、ほとんどは地元組織によって運営され、多くのボランティアによって支えられている。大手代理店やディベロッパー主導ではない。それらの活動の多くは15年以上前、神楽坂が落ち込んでいた時代に人々をまちに導き、神楽坂を楽しんでもらうことを目的とした。

 神楽坂のイベントの代表例である神楽坂祭りは1972年に始まった。毎年7月下旬の水~土曜日4連夜に開催される。伝統的な形態の露店が神楽坂通りに連なり、阿波踊りには芸者衆や地域のこどもたちも含めて3,000人以上の踊り手やお囃子が参加し、まちを練り歩く。この祭りは、商店会がまちづくりをする必要があるとの信念のもと神楽坂の商店会が主催しており、傑出した商店会活動として、2015年に東京都の商店会活動グランプリを受賞した。秋には、まちの文化祭「まち飛びフェスタ」がある。毎年約2週間にわたり神楽坂を舞台として80ほどのイベントが行われる。そのフィナーレは11月3日の「坂にお絵かき」で、延長約700メートルのロール紙を神楽坂通りの中央に敷き、住民、観光客、大人、子どもの誰もが自由にお絵かきを楽しむことができる。その同じ場で大小様々なパフォーマンスが行われ、人々は、神楽坂のみち空間は自分たちが楽しめる場であることを実感する。そのほかにも様々な目的のまち歩きツアーやイベントが年間通して行われている。
 大資本に依存しない住民やボランティアの長年の活動によって、多様性が保たれ、地域のブランド力やファンが増え、神楽坂らしさの認知や愛着が広がっている。神楽坂のまちづくり関係者の間では、「まちを大きく変えてしまうのではなく、まちの価値を保ち、少し良くして次世代につなげる」という意識が共有されている。このような住民主体の活動と組織は、法規制と経済圧力の前には力不足で多くの困難と挫折はあるものの、まちの個性を保全、継承し、健全に保つための鍵である。

神楽坂路地.jpg
歴史的風情が残されている神楽坂の路地界隈。伝統的な形態と雰囲気が保たれている。
このような路地は全て私有であり、この環境を維持するために努力がなされている。

◆イコモス委員の視点
 私は神楽坂に都市計画・デザイン事務所を持ち、またNPO粋なまちづくり倶楽部の理事として2003年から神楽坂のまちづくりに関わっている。数年前、ユネスコ世界遺産の登録について審査する機関であるイコモス(ICOMOS: International Council on Monuments and Sites)委員数名に神楽坂をご案内する機会があった。イコモス委員長は神楽坂の文化的価値を賞賛されるとともに、その保全と継承について法律的な保護がなく、住民や商業者の自主的活動に依っていることに大変驚いていた。

Great Urban Places in Asia は今回を持って完結します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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Great Urban Places in Asia 148 - 結び 8 [アジアの都市探訪]

(3)地域価値の保全と向上のための住民主体の活動:東京・神楽坂
 今日の課題:都市計画制度と経済状況
神楽坂は東京都心にありながら、江戸時代に端を発する商店街や路地界隈が残されている。それらは地域の貴重な資産であり景観的・文化的価値を持つ。そのことは行政のまちづくり計画にも記されているが、都市や建築に関する基本的な法制度はまちの価値を保全・継承することに寄与していない。また、神楽坂の街路、路地、建築は日常的に使われており、常に修繕や防災対策を必要とする。固定的な保存はできないし、それを目指すことが適切でもない。

 神楽坂は商店街のある神楽坂通り、伝統的路地界隈ともに、用途地域は自由度が高い商業地域、容積率は土地の高度利用が図られるべきとして500%が指定されている。(ただし容積率は道路幅員による制約が優先されるため、実際に500%を使える区域は限られる。)建築敷地の接道条件として前面道路幅員4m以上が求められるため、路地界隈では建て替えが困難か、建て替える場合には路地が拡がることになる。また防火地域に指定されているため、一般的な木造建築は許可されない。
 一方神楽坂は都心部であり近年は商業地、住宅地、伝統的な路地のあるまちとしての人気が上がるにつれ開発圧力が高まり、地価や家賃が上昇している。

 そのような法的、経済的状況の結果、主要道路に面した建物はほとんどが鉄筋コンクリート造の中高層建築に建て代わった。路地界隈でも再開発が進み、ヒューマンスケールで伝統的な質感を持つ路地界隈が残されているのはごく一部となった。まちの魅力が増して多くの人が集まるほど、地価や家賃が上昇し、それが負担できるチェーン店や事業所がまちを占めるようになり、多様な混在を維持することが難しくなっている。
 まちの価値を長期的な視点で保全しながら高めるため、地域主体の都市計画とマネジメントのしくみが必要である。伝統的な街並みを保ちながら、耐震、防火性能を高める方法には次のようなものがある。

・道路は拡げず、初期消火に効果的な給水栓と貯水槽もしくは水道からの配水管を設ける。神楽坂の路地は消防車が入れる幹線道路からは消防ホースが十分に届く範囲にあるので、初期消火対応に対応できるものであればよい。
・延焼の恐れがある部分を耐火仕様とし、その他の部分については防火上の措置を講じたうえで木造建築も可能とする。また、火災検知や消火に関する設備の設置、避難・消火訓練などの地域防災活動も合わせて実施する。
・耐震方策としては、大地震によって少なくとも一瞬で倒壊しないよう、既存建物の補強を早期に実施する。それにより、逃げる時間ができ、人命が失われる危険は大きく減少する。ストーブやコンロなどは地震の際には瞬時に停止する機能を持ったものに限定し、旧式のものは使用禁止とする。それにより発火源となる危険が減少する。
・コミュニティの維持には防災は無論大切だが、日常生活や商売の場として使い続けることはより基本的なことである。防災を名目にコミュニティを破壊してはならない。


(続く)
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Great Urban Places in Asia 147 - 結び 7 [アジアの都市探訪]

幹線道路沿道の再開発の方向性
 中心市街地の道路空間は、単に自動車交通のためではなく歩行者の多様な活動のために活用すべきである。車が走り行くばかりの街がどれほど殺伐としたものか、容易に想像できる。公共空間における歩行者の多様な活動は、まさに中心市街地を中心市街地ならしめるものだ。それは安心、安全のレベルを高く保つためにも大切である。
 都市に経済活力があることを前提として、幹線道路の歩道で滞在型アクティビティを起こすには、いくつかのデザイン的手法がある。まず歩道と沿道セットバックスペースを合わせて、歩行と滞在型アクティビティのために十分広い空間を確保すること。店舗がその空間に向かって開いていると、その場を店舗の延長として使い、建物とみち・広場の際の部分ににぎわい感を生み出すことができる。それが連続しているとにぎわいのつながりになる。その際の部分に露店、カフェ、ベンチがあり、緑やパラソル、オーニングによる日陰によって(場所、季節によっては暖かい陽射しがあることによって)滞在環境が快適になれば、その効果はさらに大きくなる。イベントやパフォーマンスが行える空間が中央部にあると、集客効果が高まる。そのような空間デザインの有無が、バンコクとジャカルタの違いに現れている。
 自動車交通量が多い場合、自動車レーンと歩道の間のバッファーとしての街路樹や緑地帯が有効である。自動車交通量の多い都心部幹線道路の歩道空間で豊かな歩行者アクティビティが展開されている例として、シンガポールのオーチャードロードや東京の表参道があるが、いずれもそのような空間的条件を満たしている。
 公共交通と公共空間の利用は密接な関係があり、一体的なシステムとして計画されるべきである。幹線道路沿道における歩行者活動を豊かにするには、公共交通が欠かせない。駅やバス停と、歩道や広場の滞留型アクティビティ空間とを短距離、バリアフリーで結ぶことにより、公共交通の利用、滞留型アクティビティがともに増える。バンコク都心部では、高架鉄道スカイトレイン駅と近隣の商業・業務街区は歩行者専用の高架通路スカイウォークで直結されている。非常に多くの利用者があり、ネットワークが拡大している。
 ジャカルタ都心の主要幹線道路にはバス専用レーンを走行するトランスジャカルタというバスシステムがある。2両編成で頻繁に運行されているが輸送能力が十分ではなく常時混雑している。利用者は道路中央部にあるバス停に行くために長く狭い歩道橋や地下道を通る必要があり、エレベータは少ない。輸送能力の増強、駅と滞留型アクティビティ拠点間のアクセス改善の両方が求められる。歩道上にアクティビティを誘発するためには、バス停を中央分離帯に集約するよりも両側の歩道に設け、その周囲に滞留空間を設けることが効果的である。バンコクやクアラルンプール、マニラなどでは、高架鉄道駅に至る歩道橋の入口やバス停付近の歩道に露店が集積しているところがある。

 都心部の再開発に際しては、ローカルビジネスや生活を排除せず、それと調和して多様な活力のある都市づくりを行うため、開発規模のコントロールや、周辺地区と連携した地域再生が必要だ。そのために次のような方策が考えられる。
・容積率の制限。新規開発が新しい商業の核として既存商業と共存し、地区全体としての価値や持続性を高めるものとする。
・居住や商売の多様性を組み込んだゾーニング。街として建物の用途、空間の大小、新旧、地代や賃料のミックスを確保し、多様な人々が住み働き続けられるようにする。カリフォルニア州のウォルナットクリーク(Walnut Creek)では、都心部の一角に大規模ショッピングモールが建設されたが、そこでは飲食店は軽食類のみとされ、本格的なレストランや劇場はそこに近接する既存のダウンタウンに立地する。それにより既存ビジネスや文化と新規ビジネスの共栄、街としての魅力と多様性の向上を図り、来訪者の回遊性を増している。
・建築の高さの制限。街路の景観を整えるとともに、通風、採光など街路の屋外環境を良質に保つ。
・幹線から細街路に至る、ヒエラルキーのある街路のネットワーク。街路の特徴に合わせて空間を使い管理する。街路ネットワークはイメージしやすく、わかりやすく、歩きやすい都市の基幹インフラである。
・地元のビジネスや生活を支える金融、プロモーション、教育・就業研修、子育て・福祉支援などのプログラム。それらを地元住民や商業者なども参画して運営する組織が求められる。

(続く)
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Great Urban Places in Asia 146 - 結び 6 [アジアの都市探訪]

沿道の再開発の状況
 ジャカルタ、バンコクの都心部はともに交通量の多い広幅員幹線道路が中心市街地を通り、沿道では大規模再開発がなされていることは同様だが、歩道やそれに接するオープンスペースの歩行者アクティビティの状況は大いに異なっている。
 ジャカルタでは歩道上でのアクティビティは非常に少なく、一部に歩行者がいる程度である。建物と道路の間には広いセットバックがあり、その大半は自動車用、一部は緑化に用いられており、歩行者活動のためのスペースはほとんどない。建物へのアクセスのほとんどは車かバイクに依っている。幹線道路沿いは大企業により開発されているが、大規模開発街区の内側には細い街路と小規模建物が密集した旧来からの住宅商業混在の市街地形態が残されている。そこでは地元コミュニティが色濃く維持されており、そのコントラストは極めて大きい。

jak1.jpg
ジャカルタ都心部の幹線道路と沿道の状況 イメージ図

 一方バンコクは、沿道で大規模再開発がされた幹線道路の歩道やセットバック空間でも、高密かつ多様なアクティビティがみられる。多数の露店が夜遅くまで営業し、歩道に連続して開いたショッピングセンターのセットバック空間=広場では様々な大型イベントが行われる。都心部のサイアム地区では現代的なランドスケープが施された広場が最高級ショッピングセンターの前に設けられ、その様子を高架鉄道スカイトレインのホームから見ることができ、駅からショッピングセンターまではスカイウォークと呼ばれる高架歩道で直接アクセスできるようになっている。大規模再開発地区の周辺には、在来の比較的小規模な商業地区があり、人々はそれらの地区を回遊している。

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バンコク都心部の幹線道路と沿道の状況 イメージ図


(続く)
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Great Urban Places in Asia 145 - 結び 5 [アジアの都市探訪]

(2)中心市街地の幹線道路沿道の再開発:ジャカルタとバンコク

幹線道路の自動車交通事情
ジャカルタもバンコクも、中心市街地において片側3~4車線以上の広幅員幹線道路の整備が進められている。それらの道路は車やバイクでいっぱいで、しばしば大渋滞が発生する。歩行者が幹線道路を渡るのは一苦労である。横断歩道は幹線道路同士の交差点あたりにしか無く、そこまで行くのが面倒なため、人々は適当なところで車流の合間をかいくぐり何とか渡っている。歩行に障害のある人は、車に頼らずまちなかを動くことはとても難しい。

jakarta.jpg
ジャカルタ中心部を通る幹線道路。片側4~5車線の広幅員で自動車通行量は非常に多い。

(続く)
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Great Urban Places in Asia 144 - 結び 4 [アジアの都市探訪]

2.Sense of Placeの継承のために

 ここまで、アジア諸都市の優れたデザインとそこでの多様なアクティビティの観察をしてきた。それを踏まえ、これからの再開発や新規開発に際して大切な3つの観点について、sense of placeを継承するための方法について考えてみたい。

(1)小さなスケールによる段階的更新:ハノイ旧市街地
 ハノイの旧市街地には庶民生活の活力があふれている。小さなスケールが保たれ、小さなスケール毎に更新されている。路上には各種の露店が出、伝統的庶民的な装いの行商人が歩く。沿道の建物低層階はさまざまな店舗やレストラン、中層階は業務施設や住宅などに使われている。建物の中から街路までのスペースは連続的に使われている。そこには多くの人たちの目が注がれ、安心である。
ハノイの豊かな高密で多様なストリートライフを支え、センス・オブ・プレイスを生み出すためのデザインについて、3つの大切な状況がある。
 第一に、街路と建物にフレンドリーな関係が保たれている。セットバックはほとんどなく、小売店や飲食店が街路に開き、建物の間に隙間がなく連続して使われている。幹線系以外の街路は概ね幅員10m程度以下で、自動車やバイクの通行量は決して少なくないが、それらによって街が分断されることはなく、人とバイクは渾然一体として街路で共存している。
 第二に、旧市街地内においては新規の大規模開発はほとんどなく、建物、階や室単位での修繕やリノベーションが行われている。そのため住民や商業者が一度に街から追い出されることがなく、暮らしや商売が継続されている。
 第三に、フランス植民地時代からの歴史的建築物が多数残され使用されている。古びて補修が必要と見られるものも少なくないが、庶民の生活や商売の場として日常的に使われている。多くの場合、ひとつの建築はひとつの用途ではなく複数の店舗等によって利用され、街に様々な表情が現われる。長年のうちに地域の風土になじみ、濃黄色やパステルカラーに塗装された欧風建築が、気根を持つ濃緑の熱帯植物とあいまって並び立つ景観は、ハノイ独特のものである。
このような状況は、地域住民にとってはごく普通のことかもしれないが、地域の個性と活力を保つには必須であり、一度失われたら回復するのは困難である。
 ハノイのストリートライフには自動車交通、衛生、混雑、大気汚染、騒音などの問題が伴い、道路利用の制度や運用としてもあいまいさがあるだろうが、その管理され尽くされていないストリートライフが街に活力を与え魅力的にしている。交通以外の用途を単に排除してしまうことは、街路本来の目的である公益の増進、豊かなアクティビティづくりにそぐわない。それらの問題解決は大規模再開発や道路拡幅ではなく、場の個性を尊重した小規模で段階的な方策によるべきだ。

ハノイ図.jpg
ハノイ旧市街地の歴史的建築のファサード。よく使いこまれ、部分的にリノベーションがされている。
ベトナム風の装飾がなされているものもある。

 ハノイ旧市街地では、これからも多くの再開発が行われるだろう。場の個性と活力を保つには、今のファサードなど屋外空間形態を保つことが効果的である。ヨーロッパの多くの中心市街地では中世以来の街並みが残されているが、建築の形態や表情などの都市景観は公的なものとして保全され、インテリアや設備は時代の変化や個人の嗜好によって変えられる。再開発の場合、建物の間口は小さく保ちそれらが連続するように配置するとよい。大規模建築のファサードは分割し、軒の高さや開口部のプロポーションなどに一定の共通性を持たせながら、それぞれの節に異なる表現を取り入れる。地元の歴史的建築物から学んだ装飾や素材もよいだろう。それらがつくりだす外壁面の影は、街並みに豊かな時間の変化を映し出す。

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Great Urban Places in Asia 143 - 結び3 [アジアの都市探訪]

都市を魅惑的 (Great) にするもの
 都市を魅惑的にする諸々の条件としてここまで述べてきたことの多くは、目新しいものではない。古今東西、にぎわいある中心市街地はこのような状況を持っている。それらは、ジェイン・ジェイコブスが1961年の著作「アメリカ大都市の死と生」において主張した、「都市に多様な活力を生み出す4つの原則」にとてもよく合致する。
ここ数十年においても、ジェイン・ジェイコブスはもとよりアラン・ジェイコブス、ヤン・ゲール、ドナルド・アップルヤード、ピーター・ボッセルマン、そしてピーター・カルソープらニューアーバニストなどが、活き活きした都市が持っているあるいは備えるべき条件について述べている。アラン・ジェイコブスは著書「グレート・ストリート(Great Streets, 1993)」において欧米を中心とする魅惑のストリート(Great Streets) が持つ条件について整理している。数ある条件のなかでまとめとしては、「最高のストリートとは、記憶に残るものである。いつまでも良い印象が強く心に残るものである。*1 私たちは必要があるからではなく、ただまたそこに行ってみたいと思う、そんな場所に惹きつけられる*2」としている。
*1) Allan Jacobs, Great Streets, pp9
*2) 同上, pp11

 アジアの多くの都市では公共空間は人々の日常生活に必須の場所であり、そこで多様かつ濃密な活動が行われている。物理的、審美的には美しくないかもしれないが生活の美しさ、力強さがある。それがアジアらしい魅惑的な都市を生み出している源泉といえよう。

 街路の最も大切な機能は目的地にアクセスすることであり、それは昔も今も変わらない。しかし街路の役割は交通だけではない。街路は人々の活動、パブリックライフの場である。自動車以前の時代には、街路は庶民の生活、仕事の場であった。モータリゼーションの進展につれ、多くの街路は自動車に占められるようになった。先進国と言われる国の多くの都市では、街路を歩行者のために取り戻す取り組みが始まっている。長い年月の間に、経済状況、ライフスタイル、法制度の変化に伴って、パブリックライフの意味が変わった。今日先進国では、パブリックスペースを豊かにするために好まれるアクティビティはオープンカフェ、イベント、フェスティバル、祭りなど娯楽、エンターテインメント性が高い商業活動である。高い経済収益があるものが好まれ、高水準の管理が要求される。かつては路上でごく普通に見られた、庶民の食事、屋台や路上での商売、行商人、さまざまな個人のサービス業、子どもの遊び、家事などは、ほとんど排除されたか消えてしまった。しかしそれらはまだ多くのアジアの都市で、生き生きと存在している。街路の基本的機能を保ちながらも、それは一般庶民の多様な生活の場でもあることを忘れてはならない。地域のルールとマナーによってマネジメントされることにより、場の個性が強められ継承されていく。

mario-boro.jpg
マリオボロ通り、ジョグジャカルタ。街路という公共空間に密度の高い多様なアクティビティがある


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Great Urban Places in Asia 142 - 結び 2 [アジアの都市探訪]

豊かなパブリックライフを支える物的条件
 街路は最も重要な公共空間であり、その基本的な機能は目的地まで安全なアクセスを確保することである。滞在型アクティビティがあればそこにパブリックライフが生まれる。そのアクティビティは全て歩道上である必要はなく、隣接したセットバックスペースにあってもよい。最も必要とされる環境や設備としてはひとりであるいはグループで快適に座れることであり、ベンチ、椅子、植栽スペースの縁などがあり、都市によっては路面に座ることも普通にある。樹木や庇、パラソルなどによる日陰があれば、より多くのアクティビティが快適になる。

 豊かなパブリックライフは物的環境のみによって生まれるものではない。街路と建物の間にフレンドリーな関係があることが必要だ。フレンドリーな関係が保たれているとき、建物間口は狭く、官民境界に沿って隙間なく並ぶ。1階は街路に向かって大きく開き、街路から奥まで見え、多くは小売店やサービス店、飲食店とされている。店先は歩行者を歓迎するように設えられ、ほどよくデザインされた案内サインによって店のサービスレベルや価格を伝える。それらによって、人々は道を歩きながら路面店の様子を知ることができる。全ての店が開放的な設えに適しているわけではないが、開口が小さな店が並ぶと街路とのフレンドリーな関係が損なわれ、道の際の部分でのアクティビティが減少する。
 豊かなパブリックライフがあるところには、スタイル、用途、年代が異なる建築が混在している。建築の形態や表現、高さ、間口、軒高、開口部のプロポーションがある程度揃っていると、街並みが整ってくる。アジアの多くの都心部には、場の特性を保つのに寄与する古い建築がある。

【街路のスケールとネットワーク】
 多くの場合、いきいきした街路の幅員は10~12m、またはそれ以下である。そのスケールでは、歩道と店先空間は一体的な空間として認識される。街路全体(中景)と目の前のディテール(近景)の両方において人の行動、建物や空間の構成、看板や装飾物及び路面の状態などを瞬時に把握でき、場の特性を認識しやすい。幅員がそれ以上になると、一体的な空間として認識される範囲は片側の歩道と店先空間となり、街路全体ではない。
 できれば歩道、場合によってはセットバックを加えた空間は、移動と滞留というふたつの基本的アクティビティを受け入れるのに十分な広さがあるとよい。街路樹や植栽、照明灯、ストリートファニチャー、異なる路面仕上げなどによってそれぞれの領域が柔らかく分けられているとさらによい。
 多くの都市には高密度でありかつ親密な街路網がある。多くの小さな街区と交差点がある。それにより、歩くルートに多様な選択肢が生まれ、地元ビジネスは多様な顧客を得るチャンスが増す。いくつかの都市には車が入り込まない、幅員3m程度以下の路地がある。それはコミュニティの毛細血管のように、人々や活動をまちの隅々にまで行き渡らせ、生気を与える。人々は車に煩わさせることなく、路地を生活や商売の場とする。
 各章で図面化した中心市街地の街路と交差点密度を比較してみると、街路密度は約12~30km/km2、交差点密度は100~1,000か所/km2であった。歩きやすい都市ほどそれらの密度が高い傾向にある。

【広場・公園】
 広場や公園は高密度に都市化された市街地において大切なオープンスペースである。快適で機能的な公園には広すぎず狭すぎない適度な空間があり、多様な滞在型のアクティビティが、様々な人々により、様々な目的により、様々な時間になされる。歩行や移動のための空間と滞留のための空間が緩やかに分かれており、相互の干渉はそれぞれにおける活動を阻害しない程度にとどまる。
広場や公園では、目の前で起こっていること(近景)が見えるだけではなく、全体を見通せるビスタライン、視点場があることが大切だ。それによって自分の位置がわかり、防災や防犯に関しての安心感が増す。


(続く)
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Great Urban Places in Asia 141 - 結び 1 [アジアの都市探訪]

結章 都市を魅惑的にするもの What makes it a Great Urban Place

 20ほどのアジアの都市を歩き観察した結果から、人々を魅惑し、活力がある都市が持つ共通で普遍的な条件とは何か、導けるのではないだろうか。それらは他都市での再開発や新規開発に際しても有効なものとなろう。ここでは改めてアジアの多くの魅惑的な都市に共通してみられる条件、課題とその対応のための方策について考えてみたい。

基礎的な条件
 都市が魅惑的であるためには、まず、いくつかのごく基礎的な条件がある。最も重要なことは、生存と生活に必要な安全環境が確保されていることである。大気汚染、騒音、悪臭などがひどければそこを歩いたり滞在したいと思わない。自動車通行量が多く歩くのが危険な状況、災害や犯罪の危険な気配なども、街から人を遠ざける。

 次に、みち空間や広場などパブリックスペースにおいて多様な滞在型アクティビティを行える環境があり、それらが行われていることである。そのための基礎的な条件として以下がある。
気候 屋外活動は気候に大きく影響される。その許容範囲は個人の感度や諸々の状況により異なる。東南アジアでは暑い気候であっても屋外マーケットは日常的に行われている。寒冷期が長い北欧ではかつてはオープンカフェは非現実的とされていたが、今では各地で行われている。

密度 
 一定以上の活動密度があることが望ましいが、限度を超えると心理的圧迫感、事故の危険性、災害時避難の困難などが高まる。活動密度が低すぎると退屈、さびしさ、空虚さを感じる。アラン・ジェイコブスは欧米の12都市における街路20箇所で歩行者通行量調査を行い、歩行者密度が7-9人/(歩道幅員メートル・分)であれば、どのようなペースでも歩くことができるとした*1。アジアの活力ある都心部では歩行者密度はその範囲内の上位以上であり、その密度は日常的なものと受け取られている。
*1) Great Streets, pp273

衛生 
 ある程度よい衛生状態が保たれていることは必要だが、その期待レベルは場所や状況によって異なる。高級なオープンレストランではごみひとつ落ちていない状況が必要だが、庶民生活を支えるローカルマーケットなどではある程度は許容範囲となる。
災害に対する備え 地震や火災、風水害に対する耐性や防災、避難対策があること。これは来訪者にはわかりにくいが、住民や商業者には浸透し、初期消火や避難誘導等がなされることが必要も忘れがちになるが、災害時でも命は助かるという安心感や備えがあることが大切である。

経済活動 
 パブリックスペースにアクティビティを起こすためには、一定以上の経済活動がその都市で行われていることが不可欠である。
 主な滞在型アクティビティには買い物、飲食、交流・会話、休息、商売、イベント・祭事などがある。複数の滞在型アクティビティがアイレベルで行われていると、まちのにぎわいや景観が豊かになる。魅惑的な都市空間では、人々は主体的、意欲的に楽しみながら時間を過ごしている。庶民の日常的な生活や商売がみちや広場に高密度にあふれている状況は、アジアの都市の大きな魅力である。

(コラム 歩行者通行量と密度 計測例)
 東京・神楽坂通りの平日、昼と夜の歩行者通行量は7~24人/(歩道幅員メートル・分)であった。その密度は概ね快適であり人々はまちのそぞろ歩きを楽しむことができる。ただし、夕方から夜にかけて地下鉄駅入口付近では通行量が非常に多く、多くの歩行者が車道に溢れ出る。また、神楽坂通りの歩道幅員は2.0~2.5m程度のため、歩行者がグループになって横に広がりゆっくり歩いているとすぐに詰まり感が出る。このように歩行者が多い個所では、歩道上の変圧器、駐輪、置き看板は歩道の有効幅員を減らし、歩行の障害になる。

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Great Urban Places in Asia 140 - 神楽坂 6 [アジアの都市探訪]

神楽坂のまちづくり活動
 神楽坂では1990年代初頭から地元住民、商業者、NPO、建築や都市計画、法律の専門家などにより、地域の価値の共有とその保全・継承を目指すまちづくり活動が続けられている。今日までそのベースとなっているのが1994年のまちづくり憲章であり、まちづくりの方針として以下を宣言した。
(1) 坂と石畳のみちを中心に、歩く人にやさしいまちをつくります。
(2) 神楽坂の歴史や伝統を背景に、文化のかおり高いまちをつくります。
(3) 安心して買い物ができる、うるおいのある商店街のまちをつくります。
(4) 住むひとが暮らしやすい、やわらかなまちをつくります。
(5) まちづくり協定を定め、未来の神楽坂をつくります。

 それを受け、1997年には地元の協定委員会と自治体(東京都新宿区)の間で「神楽坂通り沿道1~5丁目地区まちづくり協定」が締結された。主な項目は次のとおりである。
(1) 街並みの連続性をつくる―壁面線をそろえる
(2) 親しみやすい街並みをつくる―高さ(形態)をおさえる
(3) ゆとりと粋な工夫のための空間―店先空間(敷地)を整備する
(4) 粋な工夫をする―意匠等の工夫に努める
 この協定はまちづくり憲章の理念に基づいて形態誘導に踏み込んでいるが、文言は柔らかく、各地権者、店舗の自主性を尊重している。法的拘束力を持たないが、新宿区とも連携し、建築主と地元との協議のよりどころとして実質的な効果をあげている。協定運営は実質的には神楽坂通り商店会事務局が担い、NPO法人粋なまちづくり倶楽部など地域の建築や法律の専門家がサポートしている。その後、地区内に大規模マンションが建設されたことが契機となり、建築物の最高高さ制限や用途規制を盛り込んだ地区計画が策定された。
 2010年にはNPO粋なまちづくり倶楽部と住民が中心となり、ワークショップや公開シンポジウムを開いて検討した「粋なまちなみ規範」が提案された。内容は以下のとおりで、神楽坂らしい粋なまちの保全と継承を目指している。

神楽坂 粋なまちなみ七規範 (神楽坂通り沿道1~5丁目地区)
1.まちのヒューマンスケールを保つ 
2.みちと建物の親密な関係を保つ  
3.建物の高さを抑え、そろえる  
4.1階の用途は神楽坂通りにふさわしく  
5.低層階のファサードは素材感を活かし、周辺との連続性を
6.出入口は美しく、ゆとりを持って
7.サイン、看板、照明は歩行者が快適に、楽しめるように

路地界隈 粋なまちなみ七規範
1.みちをひろげない、みちをなくさない
2.神楽坂らしい路地界隈のスケール感を守る
3.路地のまちなみの連続性を保つ
4.路面の仕上げは自然石で
5.外装や外構は素材感を十分に活かし、周囲と調和したものに
6.サイン、看板、照明は路地空間になじむものに
7.路地を使う作法を守り継承する

 神楽坂ではこれまで区画整理事業や大規模な面的開発が行われてこなかった。地形が複雑で高低差があり、かつ土地の権利が細分化されており、大規模開発には多くの手間がかかり、技術的、経済的な課題があったためである。その結果、土地の大規模集約が起こらず、比較的小規模な建物の個別の建て替えによってまちが更新されてきた。そのため街路と路地のネットワーク及び伝統的な地割はほぼ保全されており、また、まちづくり協定や粋なまちなみ規範は概ね守られている。
 一方、神楽坂通りの建築ファサードデザインについては、今日、依るべき規範がなく通りの景観は整っているとは言えない面がある。
 神楽坂通りにふさわしいまちなみ景観づくりは、継続的な課題となっている。

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